2017年の流行語大賞が発表されたところですが、昨年の流行語のひとつ、ピコ太郎氏の「PPAP」は覚えていますか?
小池都知事とのコラボなど、CMでは替え歌ばかり流れていましたが、
そもそもの元歌は『PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen)』*1。
この「PPAP」が世界的にヒットした理由のひとつとして、パ行の音(パピプペポ)の心地良さが挙げられているのをご存知でしょうか*2。
「PやBのように唇を使って出す音は、……口唇に意識が集中している授乳期の赤ん坊にとって、とても気持ちが良い」のだそうです*3。
たとえば、ポッキーやプッチンプリンなど、グリコの商品名にP音がよく使われていることは、PPAPの登場以前からよく知られています*4。
ジャスティン・ビーバーの紹介をきっかけとした「PPAP」の世界的流行により*5、
P音が日本でも海外でも好まれていることが改めて明らかになったと言えるでしょう。
しかし、同じ「唇を使って出す音」であるB音(バビブベボ)はどうでしょうか。
バ行の音から始まる日本語をいくつか思い浮かべてみてください。
バカ、ブス、ババア。
こういった罵り言葉が思い浮かんでしまうのは、心が汚いわたしだけでしょうか?
一方、Bから始まる英単語を思い出そうとしてみると、
まず浮かぶのは"baby"、赤ちゃんではないでしょうか。
また、BillやBarbieなどの人名もいくつか思い出されます。Barbieはあのバービー人形のバービーです。
英語圏ではB音が愛らしい音だと思われていることがうかがわれます。
P音は世界で好かれているらしいのに、同じく唇を使った破裂音であるB音は、日本語と英語とでなぜこうも印象が違うのか。
それを誰かに研究・解説していただきたくて書いたブログです。
(つまり、ただの問題提起であり、わたしはなんら解答を用意しておりません!)
以下、詳細バージョンです。
* * *
ピコ太郎氏の『PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen)』。
さすがに公開から1年半近く経つと勢いも落ちてきましたが、忘れたという人はいないと思います。
ペンにパイナップルにアップルにペン。
それぞれ単語としての意味はあるものの、その羅列はどう考えても無意味。
なのになぜか耳についてしまう不思議なフレーズです。
思い返すと、PPAPみたいに無意味な音を羅列した一発ギャグって、結構たくさんあるんですよね。
ピコ太郎氏のPPAP。
トレンディエンジェルの斎藤さんの「ぺっぺっぺ~」
小島よしお氏の「はい、おっぱっぴー」。
鼠先輩の歌『六本木~GIROPPON~』のラスト、「ぽっぽぽぽぽぽぽっぽ…」。
あやまんJAPAN氏の「ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー」。
こうして並べてみると、ある共通点に気が付かないでしょうか。
そうです。
どれもパ行の音(P音)が並んでいるのです!
(もちろん、反例もたくさんあります。
8.6秒バズーカーの「ラッスンゴレライ」や楽しんごの「ドドスコ」など、その他たくさん。)
ここから、パピプペポの音には日本人を惹き付けるなんらかの魅力があるのではないかと考えるのは、そう突飛な考えではないでしょう。
実際、パピプペポの音を意図的にマーケティングに活用している企業もあるのです。
たとえば、グリコ。
ポッキー、プリッツ、プッチンプリン、パピコなど、グリコのお菓子にはパピプペポの入った名前がとても多いのです。
グリコの公式Q&Aにもこのような記述があります*6。
Q パピコの名前の由来はなんですか?
A ぱ行の「ぱ」「ぴ」「ぷ」「ぺ」「ぽ」は、発音が歯切れも良く、明るいイメージがあるため、当社では多くの商品に使われています。
『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』という本によると、「PやBのように唇を使って出す音は、赤ん坊が意図的に出す最初の子音」であり、「唇に刺激のあるこれらの音は、口唇に意識が集中している授乳期の赤ん坊にとって、とても気持ちが良い」のだそうです。
同書はその例として、『くまのプーさん』が世界中で愛されていること、「バブバブ」が赤ちゃんことばを描写する定番の擬音語であることを挙げています*7。
子どもの頃に感じていたこの快感が、大人になってもパピプペポの音と結びついて想起されるのでしょう。
そして、このパピプペポの音(P音)は、日本だけでなく海外の人々にも好まれている音のようなのです。
ジャスティン・ビーバーによる紹介をきっかけに、「PPAP」のYoutube動画が海外でも人気になったことが、その一例です。
グリコのポッキーも、世界中で愛されるお菓子になっているそうです。
ただし、日本で人気の商品も、海外展開する際に現地の言葉でタブーとされている言葉を避けるため、ネーミングを変えることがあります。
ポッキーもヨーロッパでは「MIKADO(ミカド)」という名前で売られているそうです。
また、マレーシアでも、イスラム教でタブーとされる豚肉(pork)を連想させないように、「Rocky(ロッキー)」という名前で販売していたとのこと。
しかし、2014年には、ロッキーからポッキーに名前を戻したんだとか*8。
様々な理由があるのでしょうが、やはりR音のロッキーよりもP音のポッキーのほうが「歯切れも良く、明るいイメージがある」ことが決め手のひとつになっているでしょう。
* * *
しかし!!
話はそう単純ではありません。
『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』では、P音とB音はいずれも「唇を使って出す音」であり、赤ちゃんが好んで出す音だと紹介されています。
でも、成長した大人にとってはどうでしょうか。
バ行(B音)で始まる言葉をいくつか思い浮かべてみてください。
バカ、ブス、ババア。
こういった罵り言葉が思い浮かんでしまうのは、心が汚いわたしだけでしょうか?
不愉快な思いをさせてしまい恐れ入りますが、ここで思いつく限りの罵り言葉を思い出してください。
わたしが思いついたものを五十音順に並べてみると、
アホ アマ うざい おたんこなす
カス きしょい クズ クソ
ガキ ゴリラ
ジジイ
とろい
デブ ドジ
のろま
ハゲ
売女 バカ 化け物 ババア ビチグソ ビッチ(※英語由来ですが) ブサイク ブス ボケ ぼんくら
まぬけ
野郎
となりました。
バ行の罵り言葉は、数が突出しているうえに、バカやブスなど日常的によく使われるものが多いと言えるのではないでしょうか。
マイナスイメージを持つ言葉は他にも思いつきます。
ばい菌、バッタもん、ばっちい、貧乏、ブタ、便所。
べたべた、ぼろぼろ(擬音語)。
もちろん反対の例、バ行から始まる親しみのある単語もたくさんあります。
べべ(幼児語で服のこと)。
ぼっちゃん。
一人称の「ぼく」。
また、バトル、冒険、ボム、ゴジラなどの怪獣名など、男の子が好きそうな単語はB音と相性が良いです。
とはいえ、日本語のバ行(B音)に対する扱いは総じて酷いような気がしてなりません。
そのためか、バ行の音は名付けでもほとんど使われていません。
著名人の名前で思いついたのは菅原文太、ベッキーくらい。しかも、ベッキーは英語名(Rebeccaの愛称、Becky)です。
(※12/3追記 ボビー・オロゴンを忘れていました。これも英語名ですが)
ただし、特に商品のネーミング、特に男性向け商品の名前にはバ行が使われることがあります。
濁音の入ったネーミングは男性受けすると言われているのだそうです*9。
余談:
ただし、日本人の下の名前には、バ行に限らず濁音から始まるものが少ないため、英語における名付けと単純には比較できません。
和語には濁音・半濁音から始まる言葉が少ない*10ことがその一因ではないかと思います。私見ですが。
とはいえ、ば行以外の濁音は男の子の名前にはけっこう使われています。
著名人の名前で言うと、須藤元気、綾野剛、稲垣吾郎、松本潤、石田純一、溝端淳平、オダギリジョー、DAIGO、松坂大輔など。
* * *
一方、英語ではB音が名付けにたくさん使われています。
男性名では、Bartholomew, Ben,Benjamin, Bert, Bill, Bob, Bruceなど。
女性名では、Barbie, Barbara, Becky, Betty, Blythe, Bridget, Britneyなど。Barbieはあのバービー人形のバービーです。
Bill(←William)、Bob(←Robert)やBecky(←Rebecca)、Betty(←Elizabeth)は元の名前は別の音から始まるにもかかわらず愛称はB音が語頭に来ます。
また、baby(赤ちゃん)、boy(男の子)などの可愛らしい単語もB音から始まっています。
B音はそれだけ英語圏の人々にとって発音しやすく、親しみやすい音なのでしょう。
最近わたしが衝撃だったのは、とあるポケモンの英語名です。
初代御三家のフシギダネ、あの可愛らしいくさポケモンが英語ではなんと呼ばれているかご存知ですか?
BULBASAUR
バルバザール!!
わたしは『新世紀エヴァンゲリオン』のMAGIの名前を思い出しましたね。メルキオール、バルタザール、カスパー。
bulb(球根)に恐竜によく使われる接尾辞であるdinosaurのsaurをくっつけた名前だと考えられていますが、
日本人の感覚だとちょっとゴツすぎる名前だと思うんですよね……。
でも、このBulbasaurがポケモン図鑑のNo.1を飾っているということは、英語圏の人々はbulbという言葉の音から可愛らしさを感じ取ってているということなのではないかと思います。
ちなみに、英語にもb***hのようにB音から始まる罵り言葉ももちろんあるのでしょうけど、
英語の罵り言葉については詳しくないので、これ以上はノーコメントということでお願いします。
* * *
これまで何度かご紹介してきた『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』という本では、
ことばの音に対して人間が抱くイメージは世界共通ではないか、という指摘が繰り返しなされています。
「ことばの音の響きには、潜在的に他人の心を動かす力がある。発音の生理構造に依拠した、人類共通に与える潜在情報があるのだ。」(p.13)
「ことばを発する際に、口のなかで起こる空気の流れ、舌の動きといった物理現象が、意味以上に意識の質に影響を与えている。」(pp.202-203)
つまり、同じ音であれば、音を発するときに口のなかで起こる空気の流れ、舌の動きといった物理現象は人類共通のものです。
B音であれば、「閉じた唇から溜めた息を放出させ、両唇を震わせて出す」(p.78)という方法で発音するのはどのような言語を使う人でも同じです(というか、そのように発音をする音をB音と呼んでいるわけなので、トートロジーです)。
そして、発音の際に口のなかで起こる物理現象が共通する以上、その音が人に与えるイメージもまた、人類共通であるはずだ。
同書はこのように主張しています。
B音の場合は、
「発音直前の溜めた息が唇を膨らますので、私たちの脳には、まず、膨張の印象が強くもたらされる。「膨張」のボウは、まさに膨張のイメージとシンクロする音だ。……膨張の次に来る放出は、私たちの脳に力強さ、すなわちパワーや迫力を感じさせる。次に両唇が振動するので、繰り返しの生理イメージがあり、分裂や増大する印象が残る」
のだそうです。
しかし、B音が与える人の意識に与える潜在情報は、これまで見てきたように日本語圏と英語圏とで随分違うように見えます。
罵り言葉によく使われる日本語のバビブベボ。
人の名前によく使われる、親しみやすい英語のB音。
『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』の分析では、この理由が明らかにされていないような気がするんです。
* * *
*1
PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen Official)ペンパイナッポーアッポーペン/PIKOTARO(ピコ太郎) - YouTube
公式ピコ太郎歌唱ビデオチャンネル -PIKOTARO OFFICIAL CHANNEL-
2016/08/25 に公開
https://www.youtube.com/watch?v=0E00Zuayv9Q
*2
ヒット裏に「パピプペポ」 PPAP、ポケモン、ペッペッツペーも│NEWSポストセブン
2016.12.27 07:00
http://www.news-postseven.com/archives/20161227_477341.html
第107回 ヒット商品名に見る半濁音の法則 | トンゼミ/ネットショップ経営戦略支援コンサルティング
2016年10月7日
http://www.tonsemi.com/post_colum/107
など
*3
黒川 伊保子(2004)『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか(新潮新書)』 新潮社 p.24
*4
飯田朝子(2012)『ネーミングがモノを言う―あのヒット商品から「東京スカイツリー」』中央大学出版部 p. 26
ネーミングにモノを言わせる商品の言語学的分析:オピニオン:Chuo Online : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20121210.html
*5
PPAPとは (ピーピーエーピーとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
http://dic.nicovideo.jp/a/ppap
「2016年9月には、世界的な有名歌手「ジャスティン・ビーバー」が自らのTwitterアカウントで「My favorite video on the internet」(お気に入りのインターネットの動画)としてこの動画を紹介(ただし、紹介した動画URLはピコ太郎公式チャンネルのものではなく、他ユーザーによる無断転載版と思われるものだった)。この影響で流行に拍車がかかった。」
*6
パピコの名前の由来はなんですか? | 【公式】グリコ
https://www.glico.com/jp/customer/qa/2793/
*7
黒川(2004) pp.24-25
*8
全文表示 | 「ロッキー」を本家「ポッキー」に名称変更 グリコ、40年目の決断の理由 : J-CASTニュース
2014/3/19 19:10
http://www.j-cast.com/2014/03/19199698.html?p=all
*9
黒川(2004)p.135
「濁音は、とにもかくにも、「オトコ子ども」の好きな音。昔から怪獣の名前と漫画雑誌の名前は濁音が成功すると言われて久しい」
同上p.136
「男の子が好む特撮モノやアニメも濁音でいっぱいだ。ゴジラ、ガメラ、ピグモン、カネゴン、ガンダム、デビルマン等々。「機動戦士ガンダム」の戦闘アイテムの名前を並べてみよう。ガンダム、ガンタンク、ガンキャノン、ザク、ドム、ジム、ズゴック、ゴッグ、アッガイ、ゲルググ(以上、戦闘用ロボット)、ビームライフル、ハイパーバズーカ、ガンダムハンマー、ビームジャベリン、ビームサーベル(以上、戦闘用武器)。」
*10
沖森卓也・編(2010)『日本語概説』朝倉書店 p.84
「和語の特徴としては、次のようなことが指摘されている。
(1)音韻面からは、
①語頭に濁音・半濁音・ラ行音が来ない。」
*11
Pokémon GO(ポケモンGO)の英語版プレイ画面より
※2019/06/20、ブクログに要約を転載 https://booklog.jp/users/yulinyuletide/archives/1/4106100789