その夜、見上げた階段の上で、彼はひそやかに泣いていた。
大きなからだをその心ごと抱えるように。
そうだった。
いつだって、そうだった。
見てはいけないものを見てしまうのは、
コートのポケットに手を突っ込んで、あてもなく歩いているようなときだったのだ。
誰も歩かない夜道を歩いて、もしもこのまま何かが途絶えてしまうのでも 構わなかったから。
遠くで電車の低い唸りが過ぎ去ったあとだっただろうか、
そのひそやかな泣き声が耳に流れてきたのは。
そっと階段の上を見上げれば、ぽつんとひとつ白すぎる蛍光灯の下で、
うずくまる彼がいた。
臥待月がようやく空高く上がる夜空、星などいらなかったのだろう、
どうせ彼は空など見ていなかったから。
(わたしは君の名前も知らない)
(わたしがたとえ君と時を過ごしていたことがあったとしても)
(わたしは君の助けになど、なりはしない)
それはクリスマスの夜で、
それがクリスマスの夜だったから、
全ての人の幸せを祈っても許されたのかもしれないけれど。
わたしは何も選ばずに、すすり泣く声をただ身にまとって、彼を見上げていた。
(わたしは君の名前も知らない)
(抱かれて差し上げましょうか、もしも君が望むのならば)
(それでもきっとわたしは、屋根裏部屋で君の目に、一粒の涙を見てしまうだけなのです)
全てを諦めて、それでも手を差し伸べられる日が、ひととせにいちどでも あるのなら
あるのならば
わたしはきみに ゆるしてもらえますか?
「どうか 泣かないで」
そんな祈りだけ、欠けた月へ、