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Pokémon GOのAR写真とか。アニメの感想とか。たまに難しいことも。不思議ちゃんの新婚生活13年目@東京をまったり記録。

Cocco『海辺に咲くばらのお話』考察――身に余る幸せのなかで時に疲れても

10月2日、シンガーソングライター・Coccoの10枚目となるアルバム『スターシャンク』がリリースされました。
本記事ではその収録曲のうち『海辺に咲くばらのお話』を取り上げて自分なりに考察します。
この曲はアルバム発売に先駆けて先行配信・ミュージックビデオの公開がなされており、新アルバムの中心曲と言えるでしょう。

後述の通り、『海辺に咲くばらのお話』はCoccoさんからCoccoファンへの「ありがとう」の歌だとCoccoさん本人から明言されています。
でも、Coccoファンでなくてもこの曲を味わうことはできるのではないか。
それがわたしが本記事で一番伝えたいことです。
(なので、CoccoファンではないけどCoccoの新アルバム『スターシャンク』は気になるぞ、という方は、1の長文はすっ飛ばして2からお読みいただいても結構です。)

1) 引退宣言を経てファンが受け取った「身に余る幸せをありがとう」の言葉

ラジオJ-WAVEで放送中の番組『STEP ONE』*1でのトークにおいて、Coccoさん本人からこのような楽曲解説がなされています。

CoccoCoccoがいなくなった世界のお話です。でも、けっきょく道はつながっていて「どうせこうなっていたような気がする」と思ったときに、自分の今までの決断とか選択を許せたわけよ。間違っても正しくても、けっきょくここにたどり着いただろうなって思った。どうなってても生きてたらたぶんみんなに会えたはずって思って、その「ありがとう」を言いたかった、そういう曲です。

Coccoがいなくなった世界のお話」と言われる背景にあるのは、一昨年(2017年)やそれ以前からたびたびなされている引退宣言があると思います。

Coccoさんは、2017年に20周年を記念するベストアルバム*2のリリースやライブ*3を終えた後、雑誌『Switch』のインタビューにおいて「もうやめる」と明確に語っているのです*4

彼女は「ううん、もうやめる。もう表に立ちたくない」といった。あまりの意外さに、言葉を失った。
「本当のこというと、昨年リリースしたアルバム『アダンバレエ』のツアーで最後だと思っていたから。それが『来年は二十周年だよ』といわれて、じゃあ、二十周年までは歌を世に発信してきた側の責任として頑張ろうって。それで、武道館のライブが最後だと思ってやったの」

実際、2018年から2019年にかけてはAimer、edda、岩崎宏美平原綾香の4氏への楽曲提供はあったものの、表舞台に出てくることはほぼありませんでした。
(例外として『沖縄のウタ拝』というイベントへの出演を果たしています。
 また、音楽活動以外ではCocco本人デザインの「Composition-a」というアパレルブランドの立ち上げなど精力的なものがみられました。ラジオJ-WAVE『STEP ONE』では青山でジュエリー屋さんをやりたいとも言っていました)。

そもそも、20周年よりずっと以前から、Coccoさんは何度も「歌をやめたい」と言っているのです。
古くはデビューから4年後、2001年の活動休止宣言。
最近では8枚目のアルバム『プランC』リリース時(2014年)の「そろそろ表舞台はいいんじゃないかなと思ってる。」という雑誌『papyrus』のインタビューでの発言*5

そして、2017年の『Switch』のインタビューでは、歌うことがCoccoさんに課す重い負担についても書かれています。
ライブが近づいてくると道がわからなくなり、ライブ中は歌っているときに自分が何をしているかわからなくなり、ライブ後には2日も目を覚まさなかったのだそうです*6

そういうわけで、多くのファンはCoccoさん本人の歌を聞くこと、ましてニューアルバムが出ることなどもう諦めていたと思います。
残念だけど、歌うことがこんなに辛いと訴えている人に歌を期待するのは酷だよね、という雰囲気があった気がします。

そんなところに出た新アルバムリリースの知らせ。
それだけでも嬉しいのに、先行公開されたこの『海辺に咲くばらのお話』には感動的な歌詞が含まれていました。
それは1番のこの部分。

温かな手を
ありがとう
身に余る
幸せに溺れるよ

というのも、Coccoさんは20周年記念武道館ライブの際、こんな言葉を残していたのです。

みんなにもらうその自由を、大事にこれから生きていきます。今までありがとう。身に余る素敵な人生をありがとう。みんな、さよなら

*7

ここから、『海辺に咲くばらのお話』における「身に余る幸せ」を「ありがとう」という言葉は、このライブの時と同様に「みんな」すなわちファンのみんなに向けられた言葉ではないかと推測ができるのです。

しかも、20周年ライブの時には「ありがとう」の後に「さよなら」が続き、歌の世界からの引退が示唆されていましたが、『海辺に咲くばらのお話』では「泣かないで 何度でも 想いを届けよう」と続きます。
これは、Coccoさんの活動が「満ちて干いて」をくり返してもいつかは歌に返ってくるよという宣言に聞こえてもおかしくないですよね?

ファンにとってこの曲がどれだけ嬉しいものだったか、伝わるでしょうか。

(ただ、「どこへ行こうと」という歌詞があること、ラジオJ-WAVE『STEP ONE』で「どうなってても生きてたらたぶん(ファンの)みんなに会えたはず」と述べていることなどから察するに、歌に限らずアパレルショップやジュエリー店の形で「想いを届け」ることもCoccoさんの想定に入っているのだとは思います。)

ここまでを歌詞に沿ってまとめると、

「ここまで 息をつないで 力の限りに/ここらで 許されるかな もういいかな」
→今まで力の限り歌ってきたけれど、もう辛いからもういいかな、と歌から去ることを示唆

「体中あふれるよ 温かな手を ありがとう 身に余る 幸せに溺れるよ」
→辛かったけれど、ファンのみんなからは確かに幸せを受け取ったよとお礼

「泣かないで 何度でも 想いを届けよう」
→ファンのみんなには歌や洋服やジュエリーや何かの形でこれからも想いを届けるよと宣言

「目覚めて満ちて干いて ただそれだけのこと ただくり返すだけ」
「必ず必ず また君に会える」
「どこへ行こうと そう二人は出会う ただくり返すだけ」
→ときどき休むことがあっても想いを届けるよと宣言

という解釈ができると思います。

2) 身に余る幸せのなかで疲れてしまった人への励まし「特別ひどくもないよ 凪いだだけさ」

ここまで『海辺に咲くばらのお話』はファンのための曲だと長々と述べてまいりましたが、この曲はCoccoファンでなくても味わえる曲だということを、更に声を大にしてわたしは申し上げたいのです。

1番の歌詞をもう一度引用します。

ここまで
息をつないで
力の限りに

ここらで
許されるかな
もういいかな

体中あふれるよ
温かな手を
ありがとう
身に余る
幸せに溺れるよ

泣かないで
何度でも
想いを届けよう

風に乗せて
風に乗って

冒頭からダウナーな歌詞と旋律のAメロ。
そこへBメロからストリングスが入り、歌詞も突然前向きになります。
しかし、AメロとBメロの間に「でも」などの逆接を示す言葉は入っていません。

この1番の流れから、「ここらで許されるかな もういいかな」という逃げの境地と「身に余る幸せに溺れる」境地に同時に至ってしまった人物像が思い浮かびました。
Coccoさんがファンから身に余る幸せを受け取ってもなお歌をやめたいと言っているのは、まさにこの人物像に当てはまりますね。)

親子でも恋人でも夫婦でも。
二人で日々を過ごすということは、心と心が擦れ合うことでもあります。
だから、「力の限り」生きていると、時に二人のあいだの摩擦に疲れてしまって、「ここらで許されるかな もういいかな」、つまり逃げたいという思いが浮かんでしまうこともあるのではないでしょうか。
でも、本当は「身に余る幸せ」にあふれた毎日のはずなのに逃げたいだなんてどうして、と罪悪感を覚えてしまう。
そんな人たちって結構多いと思うんですね。

歌はこう続きます。

目覚めて満ちて干いて
ただそれだけのこと
ただくり返すだけ

さよなら
呼吸を止めて
最後の力で

特別ひどくもないよ
凪いだだけさ

約束できるよ
道はつながって
必ず必ず
また君に会える

大切な人と過ごす「身に余る幸せ」な日々のなかでも、「力の限り」生きていたら辛いこともたくさんある。
それで「もういいかな」と一時の「さよなら」をしてしまっても、「特別ひどくもないよ」、それでいいんだよ、罪の意識なんて感じなくてもいいよ。
ただ繰り返す満ち干きの中で「凪いだだけ」で、幸せな2人の「道は(必ず)つながって」いるから大丈夫だよ。
この歌はこのように言っているのではないかとわたしは思いました。

身に余る幸せのなかで疲れてしまった人への励まし。
この解釈はあなたの心の琴線に触れたでしょうか?

3)『blue bird』『玻璃の花』との異同

『海辺に咲くばらのお話』が気になる方にぜひ薦めたい曲を2曲紹介します。
『blue bird』と『玻璃の花』。
いずれも2011年リリースのベストアルバム『ザ・ベスト盤』に収録されており、比較的入手しやすいかと思います*8

この2曲にはこんな部分があります。

burning asphalt stings my bare feet
I don't care to jump out of here
but I want to see you
tomorrow again

裸足には
灼けたアスファルトが滲みる
もう飛び降りてもいいな
だけど 明日も会いたいんだ
(『blue bird』)

もう 何もない
引き止めるものは 何も
ただ 明日も君に
会いたかった
(『玻璃の花』)

いずれも今いるところからの逃げ、もっと言えば自死をも思わせる詞の後に、だけどあなたに会いたい、と続きます。
もうここから逃げてもいいかな、でもあなたに会いたいから生きよう、ということでしょう。

これは『海辺に咲くばらのお話』の1番、「ここま で息をつないで 力の限りに ここらで 許されるかな もういいかな」からの「体中あふれるよ 温かな手を ありがとう」の流れとの類似性を感じさせないでしょうか。

ただ、曲調や歌詞全体を見ると、『海辺に咲くばらのお話』は『blue bird』『玻璃の花』と比べて前向きに聞こえます。
『blue bird』は間奏の大サビの間のCメロ*9、『玻璃の花』は2番サビと間奏の間のCメロ、いわば起承転結でいう転の部分で登場するのに対し、『海辺に咲くばらのお話』では冒頭の部分で歌われるのがその一因かと思います。
『海辺に咲くばらのお話』では、あなたといるのが幸せだから生きるというテーマが冒頭から曲全体を通して歌われているのです。

ちなみに、『玻璃の花』は「Cocco史上最も死に近い歌」だとCoccoさん本人が公式ブログ*10で述べていたことがあります。
興味を持たれた方はぜひ一聴されてみてください。

4) 残された謎 MVの珊瑚との関係、海辺に咲くばらのドレスとの関係

あとは、わたしにはまだ掴めない謎の話です。

まず、ミュージックビデオについて。前衛的な映像作品ですね。
メインはおそらく珊瑚です。
赤いオブジェと赤いドレス。オブジェのとげとげした形からして珊瑚です。
ばらの花は出てきません。

そういえば、歌詞にもばらの花は出てこないんですよね。
この曲の中で珊瑚やばらの花がどんな意味を持つのかについては、より考察が必要だと思っています。
ただ、いずれも美しさ、ひいては幸せの象徴ではあるのかなと思います。

もう一つ関連作品として挙げられるのが、Coccoさんの立ち上げたアパレルブランド『Composition-a』の商品のひとつ『海辺に咲くばらのドレス』です。
このドレスの商品説明にはこのように書かれています。

会いたい人を想いながら、ひとつひとつ描いた一重咲きのばらの柄です。今年も、そして来年もまた、ばらが咲きますように。会いたい人に会えますように。会いたい人に会いに行く勇気を持てますように。

*11

キーワードは間違いなく「会いたい」。
ですが、『海辺に咲くばらのお話』の歌詞には「会いたい」という言葉は直接には入っていません。
これに対し、先ほど似ている曲として挙げた『blue bird』『玻璃の花』には「会いたい」(≒あなたに会いたいから生きてみよう)という歌詞が含まれているので、やっぱりこの3曲は関わりが深いのではないかなと思いました。

おわりに アルバム『スターシャンク』を買いましょう!

以上、『海辺に咲くばらのお話』の考察でした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
コメントがあればぜひお寄せください!
あと、それより何より、『海辺に咲くばらのお話』を聴いて何かひとつでも心に残るものがあれば、アルバム『スターシャンク』を買いましょう!

(と言いつつ、筆者はまだアルバムを聴いていないのですがw CDは届いているんですが、音源を取り込むためにパソコンを立ち上げるのが面倒くさくて……。)

*1:2019年9月26日(木)9:00-13:00 ラジオJ-WAVE『STEP ONE』
Cocco、「歌をやめよう」とジュエリー職人に弟子入り…そこで生まれたアルバム『スターシャンク』(J-WAVE NEWS 2019年09月27日付) https://news.j-wave.fm/news/2019/09/926cocco.html

*2:『20周年リクエストベスト+レアトラックス』2017年3月21日リリース

*3:Cocco 20周年記念 Special Live at 日本武道館 2days ~一の巻×二の巻~(2017年7月12日 一の巻/2017年7月14日 二の巻)

*4:『Switch』2017年 vol.35 no.12 2017年11月20日発行 スイッチ・パブリッシング 22ページ

*5:papyrus』2014年10月号 2014年10月28日発行 幻冬舎 16ページ

*6:『Switch』2017年 vol.35 no.12 22ページ、31ページ

*7:「身に余る素敵な人生をありがとう」Cocco、万感の20周年記念武道館ライブ - 音楽ナタリー (2017年7月14日付) https://natalie.mu/music/news/240598

*8:『blue bird』の初出は映画『ヴィタール』(2004年)の主題歌、『玻璃の花』の初出は7枚目のアルバム『エメラルド』(2010年)。

*9:サビをCメロと呼ぶ場合はDメロ

*10:削除されているため引用ができません。悲しいかな、Internet Archiveにも残っていないようです。

*11:ca_004 | Composition-a https://www.composition-a.com/ca-004